労災保険二次健康診断等給付
労災保険の二次健康診断等給付とは、長時間労働などで脳や心臓の病気を発症するリスクが高い労働者を対象にした厚生労働省の制度です。定期健康診断で血圧や血糖、コレステロールなどに異常が見つかった場合、労災保険を使って超音波検査などの精密検査や保健指導を受けられます。詳しくは 厚労省のホームページ をご覧ください。
この制度を企業として利用するかどうか、無料(労災保険制度が支払っているので、企業の支払いが無料という意味です)なのでやっといて損はないかと思いますよね。プロの視点でこの制度をどのように見るか解説したいと思います。
この制度を利用するにあたっての留意点
- 無症状の人に頸動脈エコーや心エコーを実施して、脳梗塞や心筋梗塞、死亡を抑制したというデータはなく、医学的にはこのような検査は基本的に推奨されていません。これは脂質異常症や糖尿病など心・脳血管障害(脳梗塞や心筋梗塞)の危険因子を持っている人に対してであっても同様です。※一部「日本の」ガイドラインでは推奨しているものもあるようですが、国際的には「推奨しない(害が利益を上回る可能性)」とされています。
- 健康診断の事後措置(いわゆる二次健診など)とは目的が異なり、代わりにはなりません。この給付制度は過重労働による心・脳血管障害(つまり労災)の抑制が目的だと思われますが、目的が達成できるかどうかは未知数です。政策として行われてきたいわゆる「メタボ健診」は、有用な効果がほとんどなかったというデータが公表されましたが(京都大学ホームページ)、本給付も同様に、いわば社会的実験の意味合いが強い政策かと思います。
- 過重労働による心・脳血管障害を予防するのに最も重要なのは過重労働をさせないことです。過重労働をさせないことは、心・脳血管障害を予防するという疫学データがあり、労災リスクも確実になくし、社員の健康全般にも良い効果があり、人材確保、企業エンゲージメント向上などの多様な効果が期待できます。
しかしせっかく無料で受けられるし…と考えるのが人情ですよね。利用するにあったて参考になる、メリットとデメリットを下記に挙げました。企業活動の意思決定を行う際に重要なのは、「目的は何なのか」「メリットがデメリットを上回っているか」をよく考えることです。無料だからと安易に考えずに、熟考することをお勧めします。
メリット
- 健康について真剣に考えるきっかけになる可能性があり、生活習慣改善や定期受診などの「行動変容」の動機づけになる可能性があります。
- 会社が社員の健康を気に掛けているというメッセージになり、エンゲージメント向上の効果が期待できます。
- 会社には金銭的負担がありません(労災保険制度が支払っていますが)。
- ハイリスクの人が治療できて、体調を崩さずにすむ可能性があります。
デメリット
- 将来的に大きな問題にならないものを発見(過剰診断)し、不安だけが増える可能性があります。
- 偽陽性(病気がないのに異常の可能性ありと判定されること)や偶発発見症(治療の必要がない甲状腺腫瘤の発見など)による更なる精密検査の負担が生じる可能性があります。
- 偽陰性(病気があるのに異常なしと判定されること)による誤った安心感を与える可能性があります。たとえば、頚動脈エコーで異常がなくても脂質異常症の人は治療が推奨されますが、頚動脈エコーで異常がなくて安心して治療をしないということが起こり得ます。
- 検査で異常が出た場合に、保険加入やローン審査に影響が出る可能性があります。
- 検査で異常があった場合、就業制限や配置転換を迫られる可能性があり、会社として対応しなければならない問題が増える可能性があります。